源泉営業物語:第2話 明大前の出会い、そして突きつけられた現実
深夜、静まり返った事務所でパソコンの画面を見つめる武藤の瞳は、赤く充血していた。
優真商事のブログを読み進めるほどに、心臓の鼓動が速くなる。そこには、多くのカテゴリーに分類された、営業の泥臭い本質と成功への執念が刻まれていた。
「これだ……。これしかないんだ」
武藤はすぐに問い合わせフォームに自分の窮状を書き込んだ。独立して1年、貯金が底をつきかけ、AIや反響営業という時代の波に溺死しかけている自分。
プライドを捨て、すがるような思いで送ったメールは、まさに「瓶に入れた手紙」を海に流すような絶望と一縷の望みが混ざり合ったものだった。
数日後、武藤は京王線の明大前駅に降り立っていた。駅から徒歩2分の場所にある「ひのき明大前ビル」その3階に、優真商事のオフィスはある。
道すがら、武藤の足取りは重かった。ブログから溢れ出る凄まじい熱気、そして「極真空手を教えている」という事前情報が、彼の脳内に恐ろしい人物像を作り上げていた。
「どんなに怖い人が出てくるんだろうか。怒鳴られたらどうしよう。こんな情けない経営者は門前払いだろうか」
武藤が着ているスーツは、連日の心労で少しサイズが合わなくなったように感じられ、駅前の鏡に映る自分の顔は、まるで行き場を失った捨て犬のようだった。
大手時代の輝きは微塵もなく、ただ「倒産」という二文字に怯える、惨めな小規模法人の社長。それが今の武藤の正体だった。
ビルの階段を上るたび、胃がせり上がるような緊張感に襲われる。深呼吸をして、3階の扉を叩いた。
「どうぞ、入ってください」
中から聞こえてきたのは、予想に反して穏やかで、包み込むような声だった。
扉の先にいたのは、眼光は鋭いものの、柔和な笑みを浮かべた温和な男性だった。武道家特有の、静かな威圧感はある。しかし、それは相手を威嚇するためではなく、自分自身を律するためのものだと直感的に分かった。
「……武藤さんですね。よく来られました」
多くの営業書籍が本棚に並べられ、大きな天照大御神の掛け軸。
武の道の探求は断崖をよじ登るが如し、休むことなく精進すべし・大山倍達と書かれた掛け軸も、高価そうな大きな縦型の額に収まっている。高名な書家が書かれた物なのだろうか?と武藤は一瞬頭をよぎったが、気持ちはそれどころではない。
一緒にソファが配置されたその部屋で、武藤の緊張の糸がぷつりと切れた。窓から差し込む光を背にした彼を前に、佐藤は堰を切ったように話し始めた。
鳴らない電話、減り続ける預金残高、大手やAIツールに勝てない無力感、そして、家族を養っていかなければならない恐怖。自分は「仕事というゲーム」の主役どころか、背景の通行人ですらないのではないか。
買取再販に挑戦したいが、どこから手をつけていいか分からず、ただ闇雲にポータルサイトを眺めるだけの毎日。
武藤の支離滅裂で情けない告白を、彼は一言も遮ることなく、静かに、そして深く頷きながら聞き届けてくれた。武藤の目からは、自分でも気づかないうちに涙がこぼれ落ちていた。40歳を過ぎた男が、初対面の相手の前で、自分の不甲斐なさを晒して泣いている。
一通り話し終えた後、重い沈黙が流れた。武藤は、呆れられるのを待っていた。しかし、彼はゆっくりと口を開き、武藤の目を見てこう言った。
「武藤さん。広告費を使えない中小企業が、今の時代に反響営業だけで生き残るのは、100%無理だよ」
その言葉は、残酷なほどに現実的だった。しかし、不思議と絶望は感じなかった。
「AIが情報を瞬時に整理し、大手が莫大な予算で反響を独占する。そこで戦うのは、素手で戦車に挑むようなものです。
あなたが稼ぐためには、ランチェスター戦術を使った『源泉営業』しかない。
自ら案件を創り出し、AIが入り込めない人間関係の中に飛び込む。それが、あなたが主役に戻るための唯一の戦略です」
「源泉営業……」
武藤はその言葉を、乾いた砂が水を吸い込むように噛み締めた。これまでの「待ち」の姿勢を捨て、自ら「情報の源泉」へと突き進む。その覚悟があるか、と問われている気がした。
「源泉営業というよりも、、仕事とは人と人との関わりなんです」
武藤は机の上に置かれた「体系別源泉営業表」に目をやった。そこには、探し求めていた、暗闇を照らす一筋の光が宿っていた。そして彼は目の前のホワイトボードに向かってすっと背筋を伸ばし立ち始めたのだった。

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5/6 朝8時公開
監修執筆
優真商事株式会社 小林英治
