私の実家の話 ~小林工務店物語③~

我が家のルールは少し変わっていて、お風呂を父より早く入ると怒られたものだ。

「お父さんが働いているんだから一番風呂に入るんじゃない!」

私は長年空手を習っているせいで、お客様や人前でオラオラする人を妙に毛嫌いする傾向がある。

道場には強い人しかおらず、師範は言うまでもなくみんな決まって穏やかだからだ。

だから、オラオラは大嫌いだ。自信のない人に見えて仕方ないから。

そんな事を言っていても、私の小さい時の父はオラオラ(血気盛ん)だった気がする。

兄弟曰く「英治はまだ昔のお父さんを知らないんだよ」と言われたものだ。

サシガネ

姉は思い切りサシガネで頭を殴られたって言っていたし

当時焼却炉は職人の家に多くあった

実家の仕事場に焼却炉があったんだけど、そこで焼いていた木材の破片のやけカスが煙となって近所の洗濯物に付着。

区役所経由でクレームが来た時には「なんだ!木刀持って乗り込んでやる」と息巻いていて母がたしなめていたと言うし

ウオッシュレットが小林家に初めて来たとき(父が勝手に買ってきた)自慢気な父の顔を横目に家族は「こんなのまだいらないよ」と大合唱。

怒った父はトンカチを持ってきて「そうかわかった、ぶっ壊してやる!」とトイレに入っていった。。←これは見ていた

そんなこんなで昭和のど真ん中の時代を職人という家に育ち、職人の町という江戸川区で生まれて育ったことは事実。

時は流れ、私が不動産営業に入りたて20代半ばの時は新宿の歌舞伎町(会社の寮)に住んでいて必死に毎日仕事をしていた。

近いのに休みがないから実家には帰れず、たまの帰省では小林工務店を継いだ酔っぱらった兄から

「都心で働いて調子に乗るな。お前の根っこは江戸川区なんだからカッコつけるんじゃねぇぞ!」と

濡れた手拭いで遠山の金さんが悪党をやっつける時のようにバシッとやられていたのも今ではいい思い出だ。。。

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