眠れぬ夜を超えたら鬱になった。そして、自惚れそうな俺には空手があった
優真商事株式会社は2016年に創業した。
きっかけは書き始めた源泉営業ブログが評判を呼び、お金を払ってもいいから源泉営業を教えてくださいという方が出てきたところから優真の歴史は始まる。
あれから10年経った。
創業当時1歳だった優真は小学校5年生になり最近では「パパはなんで普通のパパじゃないの?なんで仕事と勉強ばっかりしてるの?」
と言われる始末、事実だけれども優真もそのうち意味が分かるだろう。
知人の社長は「(子の名前〇〇)今年はたくさん遊びに行こうな!」と笑顔で話しかけていた。実はその言葉が俺にはなかなか言えない。
というか、全く出てこないことに最近気が付いた。
考えてみた。そうだ!
俺は父親から、この言葉をもっらった記憶がなかった、一度も。
昨年89歳で亡くなった大工だった父は俺たち兄弟4人を食わせるために猛烈に働いていたと母から聞かされていた。1日3回働いていたと。
朝仕事に行く前家の仕事場で働いて、現場で仕事して、帰ってきて仕事場で仕事。
実家の裏に仕事場と呼ぶ工場があって、ウイーンと木材を削ったり、バスン!バスン!という釘を打つ機械の音やカンカン鳴る金づちの音がいつも鳴り響く、そんな家だったから。
話を戻そう。
ここ数年(令和6年頃から)立て続けに近しい人が亡くなった。
空手の兄弟子が立て続けに、父親、義理の母、そしてまいどのみほさん
(常連の赤ちょうちんのママの美穂さんは矢沢永吉の大ファンで祭りの神輿を担ぐのが趣味。英ちゃんと呼べる俺をすごくかわいがってもらった。みほさんの話はまた今度)
昔から知っている芸能人や知人が立て続けだ、50歳をちょうど超えるかどうかといったころに突然やってきたのは年齢としてもそうなんだろう。
優真に近しい人や教え子さんは知っているけど、これをきっかけに俺はどんどんおかしな方向へ行き、生きる意味を失っていった。
源泉営業というのは、タイミングとご縁で一撃で数千万円儲かる夢のような仕事でもあり、そこまでになるには成功曲線と呼ばれる過酷な道、つまり坂道を登っていかなければならない。
簡単な行動を愚直に続けていく精神力と尽きない向上心(モチベーション)が求められる。そこを導くプロとして、俺は10年間優真商事を引っ張ってきた。
はじめて得た三為の利益は450万だった、操業して1.2年の頃だ。
今となっては恥ずかしいが高給の会社員の年収の半分を1回で稼げた自信が天にも昇る気持ちで俺に舞い降り、3000円の予算で我慢していた居酒屋熱が一気に爆発した。
ボトルを入れよう!5000円?そんなに安いの?と店員さんに聞く始末、家族の食事は一番高いものを食えと意気揚々と過ごした。
しかし、たかだかの数百万円は預金残高もそのうち減るわけで、慣れもありその気持ちはいつの間にか消えていった。
源泉営業を学びたいという有料会員さんはうなぎのぼりに増え続けた、しかも源泉営業の先生は日本で俺しかいない、価格決定権は俺にある。
数千円で始めた組織も気が付けば一人当たり数万円、企業コンサルでも中小どちらでも数十万円平気で頂くようになっていった。
そんな矢先、大きな利益を得る仕事があった。一撃で数千万円だ。ここまでは、良かった。
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時がたち、近しい人の死が続いたころに数千万円の利益を得る仕事が年をまたいで3回続いた。
その時思った気持ちはこれだった
「だから何なんだ」
この千の値が増えたところで、派手な生活をしなければお金は使い切れない。
結局は人は死ぬ。突然死んでしまう。
鴨長明の方丈記に強く惹かれ始めたのもこのころだ、無常観と呼ぶらしい。
高級車も高級時計も興味がない俺は、連続する周りの死の隣り合わせで、猛烈に怖くなりいつのまにかこんな冷めた感覚を持ってしまっていた。
眠れぬ夜も超えてきた、自惚れた時も超えてきた、その先にあったのは「だから何なんだ」だった。
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心療内科にも行った、時が解決するとアドバイスを受けみんなにコンサルをしながら、鼓舞しながらセミナーを開催しながらも
やっと最近は心が整ってきて、見えてきた。
俺が目指していきたい道が決まった。
それは「源泉営業を後世に残したい」という思いだった。
AIが台頭してきてますます人間の英知が要求される、日本を代表する経営者や著名人はこう言う
「人間の英知は10年で超えられてしまう、金魚の脳くらいになる」
・・・「だから何なんだ」
そんなことを論じていたって中小企業はやっていけない、営業マンも、開業した社長も
今の俺の生きる意味は「源泉営業を世に残すこと」そして「その伝道者(源泉営業の先生)を増やし続けること」ここに定まった
そして、ざわついた心を整えに毎週極真空手の道場にいく。早いもので通い始めてもう23年だ
「無性に空手がしたくなった」
「空手がしたい」
いい大人がこぞって通ってくる空手には何とも言いようがない魅力と、道場という神聖な場所には「何か」がある
おい、AI!おまえにはこういう感覚は生まれてこないだろう?
眠れぬ夜も超えてきた、自惚れた時も超えてきた、それを支えてくれたのは「空手」でもあった
優真商事株式会社
小林
